めためたにっき。

一時創作小説(ボーイズラブメイン)サイト「めたぶくろ」に連動しつつ、まったりな日常を書いたりもしてます。苦手な方は閲覧はご遠慮下さいませ(礼)。

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2006-04-28 [ Fri ]

我が家に胡蝶蘭がやってきた。勿論、風邪が微妙に長引いている私への見舞いなんぞなわけもなく…家人への贈り物である。

家人の性格なのか、職場全体の風潮なのか、今まで送別会・昇級祝い等は多々貰っていた気もするが、こんな実用品でないのは初めてかもしれない。否、花束などは貰ったことはあるのだが…何というか、今までのは他の物のついでというか、こんな高い幾らするんだおいおい、みたいなものは貰ったことがないのだ。

花なんぞは、私からすればはっきり言えば不要品である。

あったからといって腹の足しにもならないし、生花なら数日で枯れてしまう割に高い金をとられてしまう。それくらいならその値段でもっと欲しい物は買えるし、腹も満たされようというものだ。

それでも、贈って下さった方の心情を慮ればそんなことを言う筈もなく…また、身勝手なことを言えば、自分からは贈らないものの(趣味が分からなければ食べ物が一番無難だ)貰えば嬉しいのも事実ではある。どうせ手入れは私がする筈もないのだし(庭いじりや園芸が趣味の家人が嬉々としてするのは目に見えている)。

それに、思いこみかもしれないが、やはり植物は見ていて和むものだしな(空腹時には無理だが)。



(以前のブログの引き写しにつき、現状とは色々違っておりまする。植物はやっぱりキレイですね。しかし、私が手入れをすると枯れていくのは何故でしょうか…)
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2006-04-26 [ Wed ]

ブログをするようになってからというもの、割と新聞を真面目に読むようになった気がする。いつでもネタを拾おうとアンテナを立てるようになった、というべきか。

今日それで発見したのが東ティモールの公用語。

私は生憎不勉強なので「東ティモール民主共和国」について殆ど何の知識も持っていない。彼の国の歴史についても、今さらりとネットで調べた知識しか持たない。それでも、公用語が二つある背景をほんの少し想像するだけで胸がつまる気がする。

東ティモールの現地の言葉はテトゥン語である。だが、公用語はテトゥン語とポルトガル語の二つ。けれども若年層はインドネシア語を教えられた為に、教師ですらポルトガル語教室に通って言葉を勉強している。現在ポルトガル語を話せる国民は一割に満たないとされたのに何故テトゥン語のみにしなかったのかといえば、「テトゥン語は未熟な言葉で、さまざまな概念に対応する言葉がない」からという。インドネシア語にしなかったのは、想像に難くない理由からだろうと思われる。

言葉とは、ある種「生き物」である。バベルの塔の故事を用いるまでもなく、恐らく最初は一つであった言葉も、今ではどれだけ種類があるのか計り知れない。その一つである日本語も、百年という単位でくくらなくとも昔のものをその意味で正確に理解出来るかといえば無理であろうし、これからも変わり続けていくものだと思う。逆に、今までの言葉が変化し、新しい言葉が増えていくのが寧ろ当然なのかもしれない。

だとするならば。テトゥン語は、そういう、当然起こりうる変化がなかった、いや断絶させられた言語なのだ。現代社会において当然あるべき単語が存在せず、作られても国民に自然に浸透するまでは数年単位で時間がかかり、故に旧宗主国の言語を使わざるをえない、東ティモールとはそういう国なのだ。

現地の言葉とは、その国に根ざしたものであると思う。それを奪い自国のものを強要させるというのは(日本でもやったことではあるが)、ある意味「精神の死」すら意味する気がする。実際、その支配から解放された人々はしなくてもいい苦労を強いられる結果になっているのではないか。そう思いながら記事を読み…最後の一文に彼らのたくましさが垣間見えた気がした。

「私たちはみんなバイリンガルになるのよ」

彼の国の人は、前を向いて生きている。

2006-04-25 [ Tue ]

本日はあの痛ましい事故から一年が経過したこともあり、何らかの、また毒にも薬にもならんようなつらつらとした思考の流れを書こうとしてパソコンを立ち上げたところ。

私は使用しているタブブラウザでトップページを複数指定しているのだが、その一つの有名な本も出してらっしゃるテキストサイト様の所でWikipediaの都市伝説についての記述があり、何の気ナシにリンクをぽちり、と押したのが夕食も終えた18時前。

現在、22時。

病院に行ったせいで風邪もほぼ治りかけとはいえ、何をやってるんだ自分。いや、しかし読み始めると止まらないんだよな。何だこの魔力は。




(以前のブログの引き写しにつき、現状とは色々違っておりまする。そうそう、この頃は夕飯17時台だったんですよね。どうりでダイエットできたワケだ。今でもWikipediaはよく見ます)
2006-04-24 [ Mon ]

観劇の後、えらく久しぶりに友人に逢って…午前5時まで何だかんだと真面目不真面目含みで色々喋り倒した(9時間くらいか…若いな)。
途中、メッセで別の友人と話をしたりもして、彼女らの反応に「ん?」と思ったのが「可愛い」という言葉に対する反応。

「可愛い」という言葉は確かにある種便利な言い回しだな、とは思う。
前何かで読んだ気もするが、「キレイ」「美人」などに比べれば無難かつ一般的でとりあえずの褒め言葉というイメージもある。
だが、「可愛い」という言葉がつい口をついて出てくるのは、根底にその言葉及び対象物への「親しみやすさ」があるような気もするのだ。
―――まあそもそも、私は可愛いと思ったものにしか言わないのだが。

まぁ、そういう私の「可愛い」発言に対して、本人たちから「おかしい」とか「ありえない」と返されるのははまぁ、照れ隠しということにさせてもらうが、「目がくもってる(フィルターがかかってる)」というのは何か微妙に反論したくなる気もする。

「可愛い」という言葉を発する時は対象物への「親しみやすさ」以外に「好意」があるのではないだろうか。全く、一欠片も好意が入り込む余地がないものを「可愛い」と思えるのだろうか。
もし、好意を持っているものに「可愛い」と言ってしまうのならば、既に可愛いと思う時点でフィルターがかかってしまうのと同意ではないだろうか。だとするならば、元々フィルターがかかるものに対してその点を指摘して否定しようとするのはどうなんだろうという気がしなくもないな、とかまた思考がゆらゆらと意味不明な方向に流れもする。

まあ、言われたら恥ずかしいのは分かるんだが。

2006-04-24 [ Mon ]
(以前のブログの引き写しにつき、現状とは色々違っております)


地方に住んでいて収入も限られる人間としてはそうそうあることではないものの、一月~二月に一遍くらいの割合で上京して観劇するのが趣味である。

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2006-04-24 [ Mon ]

十年ぶりくらいにハローワークに行ったらやけにIT化されていて驚く。
とりあえず希望労働条件と合いそうなところを辛うじて選び、そこが「職務経歴書」が必要と係の人に言われ「?」状態。
書き方のガイドをいただいてから家人と一緒にふらふらと出かけ、戻って惰眠を貪ってからさぁ書くか、と思えばハローワークから電話が来て「もう決まりました」との返事。

うまくいかない。

明日もハローワークか、と思いながらネットをふらふらしていたら自分もふらふらしていることに気付く。風邪の諸症状勃発。

つくづく、うまくいかない。

明日は病院行こう…。





(以前のブログの引き写しにつき、現状とは色々違っておりまする。そうそう、仕事が終わってほっとしたのか結構風邪引きずっちゃったんですよねこの時)
2006-04-21 [ Fri ]

…とは、寧ろ私が質問する立場の気がする。
何せ、私の居住している地域は、だだっぴろい割には電車の便が悪く(何せ一時間に一本しか走らない)、殆ど乗らないからなのだ。
本当に、ごくごく稀に電車に乗ることもあったが、混み合うような時間帯ではないのでただ暇な間ぼーっとしているくらいのもので、特に何ということもなかった気がする。

ああ、しかし。上京した場合は当然電車に乗っているなと今思い出した。
調べるのが面倒なので山手線くらいしか使いはしないのだけれど(なので使えもしない地方モノなのにsuicaだけは持っている不思議)。
都会は人が多いなと、電車に乗る時は思う。長時間乗らないので人間観察まではしないのだけれど。

今まで生活に使っているのは、全て車だった。
職場までは往復30kmくらいあり電車が殆どないので当然の帰結といえる。
なので、車以外の交通手段は酷く久しぶりだった。今日は、地元の銀行に自転車で出かけたのだ。

思えば、毎日のように自転車に乗って出かけていたのは短大の時までに遡る。
それ以後は車一辺倒だったのだから、十年以上ぶりにペダルを踏んだ訳だ。
勿論、自分の自転車などはとうになく、家人のを借りれば色々と体に馴染まずはあったものの、さすがに乗り方までは忘れていなかったようで、本当に、自分の体で風を感じる、というのを思い出した。

懐かしいなと、思いながらも。右折左折する時にウィンカーを出したくてしょうがなくなるのは、車の運転が体に染み込んでしまっているのだなぁと、しみじみ。




(以前のブログの引き写しにつき、現状とは色々違っておりまする。これ、ココログのトラックバックテーマだった気が。逆に車を手放した今は殆ど自転車か徒歩なんですけどね・笑)
2006-04-20 [ Thu ]
(以前のブログの引き写しにつき、現状とは色々違っておりまする。あー、でもあの職場は本当仕事量が多かったなぁ。仕事だけに集中できたのは良かったんですが)


無事に退職致しました。
保障も何もないパートなのに月300時間の労働時間ともさようなら。先のことはとりあえず後回しにして、今はただゆっくり休みたい。

生活を考えれば悠長なことは言ってられないのは確かだが。

まずはすっきり。

2006-04-19 [ Wed ]
基本的に他人と意見を同調し、共感することの方が楽で、自然である。おまけに、何だかんだと言いながらもあまり涙腺が丈夫な方ではない。
そういう人間がする主張なのだと、言い訳めいた前置きをまずしておく。
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2006-04-18 [ Tue ]
(以前のブログの引き写しにつき、現状とは色々違っておりまする)



退職へのカウントダウン中、本日も定時で終了して会社を出、たまには寄り道をしようと本屋へハンドルをきったのだが。
さすがに混む時間帯、車がいっぱいでなかなか身動きがとれない状態に陥った。
そうしたら、細い、信号機もない脇道から合流したそうな車がいたので間を空けて中に入るよう促したのだが…、その、短いクラクションと共に自分の前に入った車はその直後に窓からまだ煙が出ているタバコを投げ捨てた。

マナーの悪さに、前に入れるんじゃなかったと後悔した。
2006-04-17 [ Mon ]
(以前のブログの引き写しにつき、現状とは色々違っておりまする。この時は三箇所目の職場がきつくて、辞める直前だったんですよねー…)


暇。

未だかつて、定時までにどうやって時間を潰そうか考えたことなどないのだが、さすがに今日は参った。
自分だけならばまだいいのだが、引継ぎ相手まで手持ち無沙汰になってしまえば頭を抱える他になく…上司が休んだのが原因の一つではあるのだけれども。

というか、もう殆ど辞めていいんじゃないか、私。

2006-04-16 [ Sun ]
(以前のブログの引き写しにつき、現状とは色々違っておりまする)

実は今でもどうやって回復していいかよくわかっていないんだけれども(笑)。
マイフォトにあげたように桜を見に言った後、暇な夜の時間によせばいいのに、昔の恥を引っぱり出して読みふけってしまったんだよな…。
当時でも既に自分が如何に「イタイ」存在であったか自覚していたつもり…ではあったのだけれど。
六年近くたった後に読めば当時の自分を埋めてやりたいような気にさせられる。如何に周りが見えてない状態で人を傷つけたのか、それが当時どうして分からなかったのかと、口惜しくてならない。
もう連絡も取れはしない相手に、心からの謝罪と、何よりもそんな自分相手に遊んでくれたことに感謝をしたいという気持ちだけは、ずっと持ち続けようと思う。

いつか、伝わりますようにと、そんな奇跡を願って。

2006-04-13 [ Thu ]
(以前書いていたブログの引き写しです)




【人間が人間らしく生きるために生来持っている権利。】[ 大辞林 ]

【人間が人間として当然に持っている権利。基本的人権。】[ 大辞泉 ]
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2006-04-12 [ Wed ]
……こう書くと何やら可愛らしく見えたりもするのは「日本語」の力か私の気のせいかどちらだろう。

(以前のブログの引き写しにつき、現状とは色々違っておりまする。大体相方さんと逢ってすらいない時期の記事です)
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2006-04-11 [ Tue ]
―――の、単なる、ほんのちょっとした変形が、私のココログのタイトルになった。

(昔のブログの転記です。題名からして違ってたんですな。もう忘れましたが)
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2006-04

グリムス

プロフィール

藤香(ふじこ)

Author:藤香(ふじこ)
現在は関東在住、生まれも育ちも生粋の東北人。
男女カップル・同性カップル・現代物もファンタジーもSFも好物。
雑食に一歩及ばないのは、ハッピーエンド至上主義者のためか。

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