めためたにっき。

一時創作小説(ボーイズラブメイン)サイト「めたぶくろ」に連動しつつ、まったりな日常を書いたりもしてます。苦手な方は閲覧はご遠慮下さいませ(礼)。

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2006-04-19 [ Wed ]
基本的に他人と意見を同調し、共感することの方が楽で、自然である。おまけに、何だかんだと言いながらもあまり涙腺が丈夫な方ではない。
そういう人間がする主張なのだと、言い訳めいた前置きをまずしておく。
その上で、だが。

昨日からニュースでやっていた当時18歳の少年が起こした殺人事件の最高裁判所の弁論のニュース。
当時23歳の主婦を殺した後に辱め、11ヶ月の赤ん坊も殺し天袋に隠したという。
夫は当然極刑を求め、それに対し裁判所は「法廷は復讐の場ではない」と応えた。「少年はまだ更正の余地がある」とも。
上告等を経て、どう結審されるのか…それにはまだもう少しだけ時間を必要としている。

お涙頂戴の日本人気質たっぷりの私が書く言葉に、説得力はかけらもないのかもしれないが。
しかし。

罪を犯しても少年であるならば。若しくは、悔悛の態度を示せば罪が軽くなるとするならば。
その人のために命を絶たれた人はどうなるのだろうか。死人に口なし、とでも言うのだろうか。
人を殺すことは戦時中以外は明らかに犯罪である。
なのに、犯罪を犯したもの、二つとないものを壊し喪わせたものの人権のみが擁護され、一方的に奪われた命はそのまま時には時効という壁に阻まれてまるでなかったことのようにされてしまう。遺族にとっては、かけがえのないたった一人の人であったろうに。

世の中には冤罪、というものがある。
人は確かに幾らでも、どの瞬間からでも生まれ変わり、悔い改めることは出来る。
だから死刑制度というものの是非を問うのは勿論よいことだと思う。極刑の存在の有無によって犯罪が増減するかといえば、必ずしもはっきりしていないのが他国の例から見ても分かることであるし。

だが、死刑制度の有無や、少年法、危険運転致死傷罪、その他数多ある刑法を論じる時に考えて欲しいのは。考えたいのは。
加害者の人権と同様に、被害者の奪われてしまった人権だと、そんな風に思う。


・追記・
光市の母子殺害事件、差し戻しの判決が先日出ましたね。
弁護団の主張に本気でぶちきれそうになりました。
本村さんの高潔な主張と、そこに至るまでの葛藤を考えると涙が出てきます。
どうして、自分のことしか考えられない人というのが存在するんだろう。
一人で生きられるはずもないのに。

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プロフィール

藤香(ふじこ)

Author:藤香(ふじこ)
現在は関東在住、生まれも育ちも生粋の東北人。
男女カップル・同性カップル・現代物もファンタジーもSFも好物。
雑食に一歩及ばないのは、ハッピーエンド至上主義者のためか。

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