めためたにっき。

一時創作小説(ボーイズラブメイン)サイト「めたぶくろ」に連動しつつ、まったりな日常を書いたりもしてます。苦手な方は閲覧はご遠慮下さいませ(礼)。

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2006-04-26 [ Wed ]

ブログをするようになってからというもの、割と新聞を真面目に読むようになった気がする。いつでもネタを拾おうとアンテナを立てるようになった、というべきか。

今日それで発見したのが東ティモールの公用語。

私は生憎不勉強なので「東ティモール民主共和国」について殆ど何の知識も持っていない。彼の国の歴史についても、今さらりとネットで調べた知識しか持たない。それでも、公用語が二つある背景をほんの少し想像するだけで胸がつまる気がする。

東ティモールの現地の言葉はテトゥン語である。だが、公用語はテトゥン語とポルトガル語の二つ。けれども若年層はインドネシア語を教えられた為に、教師ですらポルトガル語教室に通って言葉を勉強している。現在ポルトガル語を話せる国民は一割に満たないとされたのに何故テトゥン語のみにしなかったのかといえば、「テトゥン語は未熟な言葉で、さまざまな概念に対応する言葉がない」からという。インドネシア語にしなかったのは、想像に難くない理由からだろうと思われる。

言葉とは、ある種「生き物」である。バベルの塔の故事を用いるまでもなく、恐らく最初は一つであった言葉も、今ではどれだけ種類があるのか計り知れない。その一つである日本語も、百年という単位でくくらなくとも昔のものをその意味で正確に理解出来るかといえば無理であろうし、これからも変わり続けていくものだと思う。逆に、今までの言葉が変化し、新しい言葉が増えていくのが寧ろ当然なのかもしれない。

だとするならば。テトゥン語は、そういう、当然起こりうる変化がなかった、いや断絶させられた言語なのだ。現代社会において当然あるべき単語が存在せず、作られても国民に自然に浸透するまでは数年単位で時間がかかり、故に旧宗主国の言語を使わざるをえない、東ティモールとはそういう国なのだ。

現地の言葉とは、その国に根ざしたものであると思う。それを奪い自国のものを強要させるというのは(日本でもやったことではあるが)、ある意味「精神の死」すら意味する気がする。実際、その支配から解放された人々はしなくてもいい苦労を強いられる結果になっているのではないか。そう思いながら記事を読み…最後の一文に彼らのたくましさが垣間見えた気がした。

「私たちはみんなバイリンガルになるのよ」

彼の国の人は、前を向いて生きている。

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プロフィール

藤香(ふじこ)

Author:藤香(ふじこ)
現在は関東在住、生まれも育ちも生粋の東北人。
男女カップル・同性カップル・現代物もファンタジーもSFも好物。
雑食に一歩及ばないのは、ハッピーエンド至上主義者のためか。

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